謹賀新年2025
- 亜結太

- 1月1日
- 読了時間: 3分
明けましておめでとうございます。
各方面の方々、旧年中は大変お世話になりました。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
先日、とある対談番組を見ていたのですが、
その中でハッとさせられたことがあったのでちょっとお話させてもらいます。
その番組は、お仕事、プライベート問わず何らかのつながりがある3名様が向き合って雑談する…といった体で進行していくもので、その回は、モデルもされているタレントの方、女優もされているタレントの方、作詞作曲を手掛けるミュージシャンの方、という3名様がゲストでした。
「SNSやってます?」的な話題になった時、タレントの方々は「今どき普通にやってますよね」「エゴサもしてます」といったようにあけすけにお話されていた中、ミュージシャンの方が「いや、僕はやってないです。文章を書いて報酬をもらっている立場の者が、無償で文章を発信してはいけないと思っているので」といった意味合いの発言をされたのです。
自分も常日頃からXのようなSNSの運用方法って悩ましいところがあるなと思っていて、その悩ましいことのひとつが上記のように公共の電波で発言されたことにハッとしました。
告知・広告のツールとしては誰でも無料で気軽に利用できるという点では優秀なのだと思います。
また、同じ考えの方の同意を広く得られるといったように、一個人の承認欲求を満たす道具としても皆さん気軽に利用されてるところもあると思います。
一方、一文を書くのにも時間と労力を必要とします。
文字を書くことで対価をもらっている立場の者としては、不特定多数の相手に対して無償で時間と労力を割くよりも、きちんとお仕事として自分に依頼してくれた相手に対してそのリソースを割いたほうが健全で理に適っているのでは、ということだと思います。
その辺りは個々の考え方だとは思いますが、少なくとも私はミュージシャンの方のご意見に納得、同意しました。
(と言いながらも今こうやって無償のブログ書いていますが、これは頭の中を整理するためのものでもあるので、自分の学びのためだと思っています。公開するかしないかの違いですね…)
そして、これは同僚の商業作家さんの話なのですが、共通の上司(シナリオディレクター)から伺った話では、その方もデビュー後も某無料サイトで短編小説を定期的に公開されていたそうです。
その同僚が、このサイトで短編公開してるんです!読んでください!とその上司にアピールしたところ(そういう人なので)、「無料で読めるようにしているのはもったいない」と指摘されたそうです。上質な読み物が無料で読めるとなると、その読み物自体の価値を下げてしまうし、作家本人の労力や才能を軽んじられてしまう(からちゃんと有料設定したほうがいい)、という意味合いのことをおっしゃったとのこと。
自分も、趣味の延長と言っては語弊がありますが、好きで書いているので、皆さまに広く目に触れること、お手に取ってもらえることが嬉しいという気持ちは大きいです。
ですがそういう感情とは別に、お仕事として対価をもらって書かせてもらっていますし、おこがましいですが一介のプロの端くれとして、その辺りの自尊心は(書くことを生業とされている他の方々にとっても)保つべきなのかなとも考えさせられました。
自分の書いたものには、ちゃんと価値があるのだということを意識しなくてはいけないな、と責任も感じて身の引き締まる思いです。
一年の計は元旦にあり。
元旦にこのエピソードを咀嚼することから始まりましたが、本年も物書きとして精進していきたいと思います。
プライベートでもお仕事上でもまた何かと波乱が起こりそうな年ですが、どうぞよろしくお願い申し上げます!
皆さまにとっても良い年になりますように。
2025.01.01 亜結太







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